それはNihilから、0になる瞬間。

優遊リンゴが亡くなってタイムループを決行しようとしたそのとき、目の前にあの人が現れた。
「ごきげんよう、明暗さん。お元気です?」
白いTシャツに短パンにシルバーのブーツ。頭には黄色に黒猫のマークがついたヘアバンド。そのTシャツには二分休符がかかれていて背丈的にもファッション的にも小学生から中学生を想像させる。
彼、彼女、いや、性別はどちらかわからないが名前は「Not=Nihil」という。
大統領のもとに勤めていた家政夫がいうには、どこからか拾ってきて少し改造した万能プログラムらしい。家政夫が開発したバーチャルプログラムの機械のおかげで、ネットワークでしか存在できなかったものが現実でも自由に行き来できるようになったらしい。
そのせいか、いつの間にか目の前に現れるのでびっくりしてしまう。そして彼は万能プログラムのせいか頭がとても回るらしく、私のこの能力を知っている可能性が高い。そう、要注意人物である。
「…何しに来たの?」
私は首を吊るロープを棚の後ろに隠し、訪ねた。
「皆さんいなくなってしまいましたから。私がよく知っているのは貴方しかいませんからね。暇つぶし程度にと。」
そういって、そのまま地べたに座る。
今回のパターンは珍しく、初夏ミントが亡くなった後、何故か秘書たちが消えてしまっていた。その後優遊リンゴは責任をとって亡くなってしまったのだ。
早く帰らさなければタイムループができない。追い出さなければ。僕は焦る。
「…一人にさせてくれない?」
僕がそういうと
「私がそう簡単に帰ると思います?」
そういってさらに床で寝そべった。それなら強制的に出て行ってもらうしかない。僕は彼の体をおす。
「でていって!!」
僕は叫ぶ。しかし彼は驚きもせずに逆らって立ち上がり、僕の首をつかんだ。
「そんなに首を吊って首を圧迫されて死にたいのなら、私が絞めましょうか?」
そういうと、じりじりと僕の首を絞めてきた。どうやら、自殺をしようとしていたのがばれていたらしい。
首を絞める手が力強くなる。死んだら死んだでタイムリープをするのでいいのだが、彼にタイムリープの瞬間をみられるのは嫌な予感がする。なので、僕は抵抗をした。
「…自分で死のうとはするのに殺されるのは嫌なのですね。」
そういって彼は首を絞める手を緩めた。助かったといえるべきだろうか。
「私がいなくなったらどうせ首を吊るでしょうから、ずっとここにいましょうかね。」
口元を緩め、笑いながら囁く。彼はいつも笑顔でいるので不気味だ。
僕は何もいえず、ただ彼を見つめ続けた。何をいっても出て行ってはくれなさそうだし、強制的に出そうとするとまた首を絞めてきそうだ。なので黙ってじっとするしかない。
お互いがたったまま何も喋らず、ただ時間がすぎていった。
明るかった部屋がどんどんと薄暗くなっていく。立ち続けるのは疲れてきてしまうが、一歩動けば何か動いてくる気がする。僕はなぜかそれが怖かった。
「埒があきませんね。このままだと。」
彼は二、三歩後ろに後ずさるとこういった。
「私はただ見ているだけの存在ですが、このままでは観客的にもつまらない展開にいってしまう。貴方も彼女を救いたいと思うので、アドバイスをあげましょう。」
アドバイスと聞き、僕の喉がごくりと動く。彼はどういうつもりなのだろうか。
「本当はこの言い方をしたくはなかったんですけどね。明暗さん。いや標的者。」
体が跳ね上がる。冷汗が湧き出てくる。金縛りにあったように動けなくなってしまう。
「心配しないでください。私はあなたのミッションを邪魔することはないですから。私はね、今まで貴方のことをずっと見続けていた。君の性格も行動もね。」
遠回しに言って、それは僕の能力のことを分かっているということなのだろう。それをどう知ったのか。彼は、何が目的なのか。何も分からないことが怖かった、のかもしれない。
「聞いていますか。標的者。」
目を見開く。この状態でも彼は気味の悪い笑顔を浮かべている。
「いいですか。私は答えは出してあげれませんが、その解決策を導くヒントならだしてあげれます。よく聞いてください。まず、今回は何故か秘書たちが消えてしまった。それは死体も出ず、まるで存在がなかったように消えていなくなってしまったのです。まずはここ。どうやって消えてしまったのか。その原因をさぐれば道はひらけるかもしれません。」
彼は淡々と話を続ける。
「次に、どうやら貴方の能力を勘付いている人が存在しています。それは味方なのか敵なのか分かりませんが、追及することで何か変わるかもしれません。アドバイスは以上です。分かりましたか?」
僕は頷いた。それが本当のアドバイスかどうかは理解できないのだが、救う方法が今のところ見当たらない以上、彼に頼るしか方法がないのだろう。悔しいのだが。
「さて、最終的に貴方は自殺するでしょうから、注意点だけ伝えておきましょう。」
彼は指をたてる。
「貴方の能力は、貴方が寿命を迎えるまで無限に続けることが出来るでしょう。本来ならば。しかし、それは能力的ではなく、別のところでいずれ限界がくる。つまり、何回もその能力を使うチャンスがあるわけではないと、覚えておいてください。いいですね。」
僕は深く頷いた。何をいっているのかうまく理解はできないのだが、僕だって早く彼女を救いたい。一刻を争うのである。
ふふ、と彼は笑う。何が可笑しいのかが分からないのだが仕方がない。僕はただ彼をじっと見つめることしかできない無力なのだと噛み締めた。
「それでは、標的者。頑張ってください。さようなら。」
「さようなら。」彼がそういうと強い破裂音が部屋に響いた。そして、その後体に強い痛みが生じた。
火薬の匂いが部屋を立ち込める。力が入らなくなり、視界が霞む。
「たまには強い衝撃で、その能力を発揮するのもいいと思いまして、お手伝いをさせていただきました。」
真っ黒に輝く、煙をはいているリボルバーを持ちながら、彼は微笑んだ。いや、ずっと微笑んでいるのだが。
視界がどんどん霞んでいく。必死に立ち上がろうとしても、うまく力が入らない。意識が遠ざかっていく。彼にあの能力が見られてしまう。味方か敵かどうか分からない相手に、見せたくはなかったが、もう限界がきてしまっている。
僕は彼をにらみつけた。彼はとてもにこやかに笑っていた。もしここで能力を発揮せずに亡くなったらどうするつもりなんだ。と微妙に腹をたてた。
しかし、もう限界だ。こうして今の時間軸が終わっていくのだろう。また次の時間軸へ、旅立つのだ。さようなら。そしてまた会おう。彼に会うのはもう結構なのだが。
そう思いながら、僕はそっと目を閉じた。
完全に意識が途切れる前に彼が何かを言った気がするが分からない。
何もかもが分からない。それでも世界、時間は回っていくのだ。


どうやら、標的者が力尽きたようだ。弾に毒を仕込んだお陰で、景色が変わっていく。どうやらそろそろ時間軸が動くらしい。
私はその景色と隣で横たわる彼を見て
「私も君も、何回も死んで生き返って、何が目標で、何が出来るんだろうね。」
と呟き、私は巻き戻っていく時間軸を見つめて、そっと目を閉じたのであった。

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